育てるタオルキャラ、英爺のルーツを探る!① 30周年を迎えた自社工場

育てるタオルを作っている自社工場、大東有限公司は、中国の上海市から車で約3時間の南通という街にあります。この工場は、今年で創立30周年を迎えました。日本の資本が入った工場で、長く続いているところはあまり多くないと聞いています。その中でも30年間、日本に向けた商品を作り続けてきた大東工場は、中国国内でも有数の優良工場と表彰されてきました。

30周年お祝いの記念式典は、うちうちでやりますとのお知らせでしたが、なんのなんの………3箇所のホテル会場に分かれ、中継がはいったすごい式典になりました!!

式典

式典

さすがに花火は上がりませんでしたが、なかなかの派手な式典でした。(ちなみに、20周年のお祝いにはパンパン花火があがっていたのを記憶してます(^_^;))

会長の想い、中国へ向かう

30年前、現会長は海外からの輸入タオルを扱っていました。

よく温泉旅館などにおいてある白いタオル、
年末年始などにごあいさつでいただくあの白いタオルです。

白タオル

喫茶店で出てくるおしぼりタオルなどもありました。

白タオル

輸入というのは相手にかなり左右されてしまうもの。中国や台湾からの輸入商品が多かったのですが、約束をしていても他社から、

「10円高く買うよ!」

と言われると、商品をそちらに回されてしまうようなこともよくあって、納期などに厳しい日本市場ではかなり苦労があったそうです。そんなことなら自分で工場を作ったらどうか…、と考えるようになりました。

では、その工場をどこに作るのか、その頃変化の先端にあった中国マーケットに目を向けた会長は、これからは中国!とひらめいたとのこと。

map

会長は、新しいこと、先のことを考えるのにとても長けている人です。常にどうやったら今以上の物ができるのか、また、人が考えないことを考えるのがとにかく好きな人なんです。そんな会長が考え付いたのが、やはり自分たちで一から製品を作ること、その場所を中国に、ということでした。その根底には、日本と同じ品質のものを、安く作ってお客様に提供したいという気持ちがあったのです。

そんな物ができたら自分もほしい。きっとみんなもほしい。生活が便利になる。
物つくりの元は、常にそこにある人です。

ただ、会長はもともと商売とは全く縁のない音楽を学び、学校の先生という職業であったため、商売どころかタオルをどうやって作るかなどという事は知る由もありませんでした。

今も昔も、タオルといえば今治

その会長がまずやったことは、当時タオルといえば今治、現在も今治タオルという名前はイコール良質なタオルで名前が知られている、その「今治」へ赴き、

「一緒に中国へ行きませんか、作り方を指導してもらえませんか」、

と尋ね歩くことでした。その頃の今治ではもちろん多くの工場が優れたタオルを生産していたと思います。日本の優秀な技術で織られるタオルですので、それはそれはいい商品ができていたでしょう。ただ、前にも書きましたが30年前といえば、中国がやっと解放されたころ。人々はまだ人民服を着ていた時代ですので、日本にとっては今とは違って遠い異国の地。踏み入れるにはかなりの勇気がいる場所だったと思います。

jinmin

繊維産業が盛んであった日本から、それを捨てて、捨てないまでもおいて海外にでることはとても大きな冒険だったでしょう。協力してもらえる工場がなかなかみつからなかったそうです。ただ、その中でも1軒だけ会長に手を差し伸べてくださった工場がありました。その工場には息子さんが3人いらして、その一人に「行って来い」と社長が言ってくださり、ついに、中国へ向かうチャンスをつかむことができました。

次のステップは、いよいよこの広い中国のどこに工場を作るか、その土地を探すというハードルを越えなくてはなりません。

英爺のルーツを探る旅は、まだこれからです。

続く………………

MASA

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